合同会社いなかず商店[いなかず商店]
森を守る、地域を守る
福岡県八女市にある「いなかず商店」は、九州産の杉材を用いて木桶や木箱を製作している企業です。
1935年に創業した当初はプラスチックや輸入木材も使用していましたが、90年代以降は地元の杉を使った器づくりに専念することに。その背景には「森を守る」という考えがあります。
使われなくなってしまった杉を活用
「森を守る」と聞くと、「木を伐採してはいけない」という考えが浮かぶのではないでしょうか。ですが、日本ではちょっと事情が違うようです。
第二次世界大戦後、復興のために木材の需要が急増して、政策によって日本中に杉やヒノキが植えられました。しかし、木が成長するまでには30年以上かかります。その間は大量に入手できる輸入木材に頼りながら、懸命に再興を目指しました。
日本が予想を上回るスピードで発展を遂げた一方、戦後に植えられた木々が収穫期を迎えたころには、木材の需要は落ち着いていました。そして、管理費用がまかなえずに放置された森林があちこちに——。
現会長の稲員(いなかず)信幸さんが、二代目としていなかず商店を引き継いだのはちょうどそのころ。日本の森林で起きている問題を見て、「使いどころのなくなった杉を活用しよう」と決意しました。以来、自社で所有する山や近隣の森林を管理して、その際に出る間伐材を使った器づくりに専念しています。
「思い」を伝える製品を
水抜きがほとんど必要ない、画期的なぬか箱「SUGIDOCO すぎドコ」を手がけたのは、三代目であり現代表の稲員慎太郎さんです。
異業種で働いたのち、27歳のときに家業のいなかず商店に入社した慎太郎さん。父である信幸さんやベテランの社員さんと働くうちに、ある思いを抱くようになったそうです。
「うちでつくる木箱は、主に贈答品の明太子などのパッケージとして使われるもの。あくまでも、主役は箱に入っている商品です。父をはじめ社員全員が、森を守る、地域を守る、という思いをもって仕事をしていますが、それをエンドユーザーの方に伝えることは難しい。であれば、つくる製品を通じて思いを伝えられないかと考えました」
杉のすごさを知ってもらいたい
そして、オリジナル製品の構想が始まりました。素材はもちろん、九州産の杉です。
「花粉症や山崩れの起因となる杉は、悪いイメージを持たれがちです。生活で困っていることを杉の特性を生かして解決することで、杉のすごさを伝えたかったんです」と慎太郎さん。
米びつをつくってみたものの、米ににおいが強く残るため断念。消臭効果を期待してトイレの壁に貼る製品を考えてみたけれど、思ったような効果はなく——いろいろなアイデアを試しましたが、製品化には至りませんでした。
ぬか箱のヒントになったのは、酒やしょうゆづくりの現場で古くから使われている杉製のたるでした。でも、水ぬきが不要になるほどの効果は想定外だったといいます。
「プラスチック製、ホーロー製、そして杉でつくった容器に、それぞれ同じ条件で漬ける実験をしたところ、ぬかの上に浮かぶ水の量に明らかな違いがあって驚きました。ぬか漬けは水抜きが面倒で挫折する人も多いから、これは皆さんの暮らしのお役に立てると確信しました」
3年間、トライ&エラーを繰り返して
木の厚みや木目の方向、箱の高さなど、細かな違いでも結果にばらつきが生じてしまうため、高さは0.5ミリ単位、厚さは0.2ミリ単位で変えた数百パターンを繰り返し実験。本業のパッケージ製造が終わった後に工場の片隅で試作品をつくる日々は、およそ3年間にわたって続きました。
そして2020年、ついに「SUGIDOCO すぎドコ」の販売をスタートしました。
循環を生み出して、山を健全に
いなかず商店が考える「森を守る」とは、今ある杉を活用して製品をつくるだけではありません。新たに杉を植えると同時に、広葉樹の植樹活動もしています。
近年、日本では毎年のように豪雨災害が起こり、深刻な問題となっています。その被害を大きくする山崩れの要因のひとつが、”針葉樹だけ”の森です。ご存知の方も多いと思いますが、戦後の造林政策では、成長が早く木材として使いやすい針葉樹が植えられました。
針葉樹だけの人工的な森は、人の手で管理を続けなければ、立ち行かなくなってしまいます。間引きがされなければ、過密状態で木は細く育ち、根をしっかりと張ることもできません。そのため、豪雨で地盤がゆるむと、たちまち甚大な山崩れを引き起こしてしまうのです。
原生林のように、年中青い葉が茂る針葉樹と、毎年葉を落とす広葉樹がともにあることは、想像以上に大切なこと。地面に落ちた葉が栄養のあるふかふかの土をつくり、山の循環がスタートするからです。葉が落ちると地面にまで光が届き、下層植物が育って生物多様性も生まれます。
今ある木々を活用して世代交代を促すことと、山の循環を取り戻すこと。いなかず商店の活動は、次世代に森を引き継ぐとともに、今、この地域で生きる人々の生活や命を守ることにもつながっています。
暮らしを快適にしてくれる便利なぬか箱を通して、私たちの生活に循環をもたらしてくれる森に思いをはせる——「SUGIDOCO すぎドコ」はそんな時間を届けてくれます。