伸光窯
美濃焼の産地で130年以上続く老舗窯元
「伸光窯(しんこうがま)」は、美濃焼の産地である岐阜県土岐市で130年以上の歴史を持つ窯元です。
現在は、5代目の田中一亮(かずあき)さん、久美子さん夫妻を中心に、代々受け継がれてきた技術を生かしながら、今のライフスタイルに合わせた器づくりをしています。
美濃焼は全国の陶器製造シェア率が50%以上にもなりますが、パッと特徴が思い浮かぶ方は少ないかもしれません。1300年を超える歴史のなかで、時代のニーズに応じて、さまざまにスタイルを変えてきたからです。茶道具から日常食器まで——いかなるものでもつくることができる美濃焼は、“特徴がないことが特徴”ともいえます。
時代を逆行した、異端の窯元
伸光窯では、土練りにはじまり、成形、乾燥、素焼き、加飾、施釉、本焼きまで、器づくりのすべての工程を、自分たちの手で行います。機械製造と分業がスタンダードである美濃焼の産地では、ちょっと“異端”です。
岐路は、一亮さんの父・伸一さんの代にありました。高度経済成長期のまっただ中にあり、とにかく量を求められる時代。美濃焼の町では、生産効率がよい磁器製食器の大量生産にシフトしていた頃です。
「磁器をつくれば売れる時代に、なんと先代は陶器に方向転換したんです(笑)。さらに美濃焼の古典に立ち戻って、伝統的な釉薬『鼠志野(ねずみしの)』の探究に明け暮れました。『売れるからつくるのではなく、自分がおもしろいと感じるものをつくりたいんだ』って」と、久美子さんは懐かしむように話します。
しかし、このときに培った知識と技術が、今の伸光窯の2本柱のひとつ、「色彩を楽しむ器」につながっているといいます。
複数の釉薬を使い、窯変(ようへん)という窯の内部で起こる変化すらも駆使して、やわらかなグラデーションを描く——釉薬を探究し、知り尽くしているからこそできる“遊び”が効いたものなのです。
スタッフ全員が“使う人”を思ってつくる
いちじつでお取り扱いしている「コロン」シリーズは、もうひとつの柱、「生活に溶け込む器」にあたるものです。
「生活に溶け込む」とは、デザイン面だけのことではありません。唇に触れるとき、手に持つとき、洗うとき、仕舞うとき。生活のなかでストレスなく、やさしくなじむことを大切にしています。
そのものづくりには、つくり手たちの生活者としての等身大の感覚が生かされています。
伸光窯で働くスタッフの多くは、近所に住む女性たち。家庭では家事を中心に担う主婦でもあります。「飲むときにこぼれないよう、口元の形に沿った飲み口になってる?」「洗いものをするときにスポンジが引っかかるような、凸凹は残ってない?」工房では、常にこんな会話をしながら器づくりがされています。
また、主婦としてのスキルは陶器づくりに適しているとも。「洗濯機を回しながら、3口コンロをフル活用してご飯の準備をしたり、主婦の方はマルチタスクが得意になりますよね。この感覚がすごく生きるんです」
そう話してくれた久美子さんの笑顔からは、スタッフの方々を頼もしく思っていることが伝わってきます。
人の手がすべてをつくる
伸光窯では、一般的に捨てられてしまう成形時に出る粘土の切れ端を再活用するなど、じきに枯渇するといわれる陶土を無駄にしない陶器づくりに取り組み、そのすべての工程を自分たちの手で行っています。近所の同業者には「作家レベルのていねいな仕事だ」と評されるそうです。
「でも、私たちはあくまでも窯元です。手作業でこだわってつくったものを、安定して100個お届けできる、それが私たちの仕事だと思っています」と、久美子さん。
土の質感や釉薬の溶け具合いなど、それぞれに表情が異なる伸光窯の器。人の手がつくりだすぬくもりを生活のなかに届けてくれます。