栗川商店
来民渋うちわをつくり続けて130年
明治22年創業の「栗川商店」は、熊本県山鹿(やまが)市の来民(くたみ)地域の伝統工芸品「来民渋うちわ」をつくっています。
竹と和紙でできた来民渋うちわはとても軽やか。独特の色合いは、扇面に塗られた柿渋によるもので、丈夫で長持ちすることが特徴です。
うちわは古くから厄災を”払う“としてありがたがられ、さらに来民でしかつくられないうちわは「民が来る」という言葉の意味から商売繁盛の縁起物としても人気があります。
来民にうちわづくりが伝わったのは江戸時代のこと。原料の竹と和紙が豊富な地域であったことから来民の町をあげてうちわづくりが盛んになりました。
当時は、四国・丸亀、京都と並びうちわの三大産地と呼ばれ、最盛期には年間500万本の生産数を誇ったものの、時代の移ろいとともにその数は減少。町に十数軒あった工房も姿を消し、栗川商店だけが天然素材にこだわった来民渋うちわをつくり続けています。
年月を重ねて価値が増す。一生もののうちわ
表面に塗られた柿渋は、来民渋うちわの最大の特徴です。和紙を丈夫にし、柿渋に含まれるタンニンが防虫、防腐、抗菌の役目を果たします。
栗川商店では自家製の柿渋を使用しています。柿渋の原料となる豆柿は、長年付き合いのある地域の方の家で収穫しているそうです。
毎年夏の盛りに仕込みを行い、甕で寝かせることなんと5年! 仕込みはじめたばかりの柿渋はなんともいえない強烈な臭いがするのですが、長い年月をかけて発酵させることで無臭に。色も白濁色から濃い褐色に変化していきます。
渋うちわは使っていくうちに柿渋が酸化して色の深みが増し、あおぎ心地もやわらかくなります。まさに経年変化を楽しめるうちわなのです。
「新品のときだけではなく、年月を重ねるごとに美しさや価値が増す。渋うちわは西洋建築のようなものだと思うんです」と、栗川商店5代目の栗川恭平さんはいいます。
ものが少ない時代に品物を長もちさせるために編み出された先人の知恵が、他にはない魅力として現代に輝いています。
日本産の天然素材、手づくりにこだわって
栗川商店のこだわりは、日本産の天然素材を使うこと。うちわの土台となる真竹は、秋から冬にかけて地元・山鹿の竹山に登り、職人たち自ら伐採しています。それだけでも重労働ですが、刈り取りの時期以外も竹林の手入れに通い、実は一番苦労が多い作業だといいます。
竹の持ち手は熱を帯びた手のひらを冷まし、しなやかさと張りをあわせ持つ扇面がしっかりと風をつかんで届けてくれます。涼むための道具は数あれど、天然素材ならではの心地よさが渋うちわにはあるのです。
一片の真竹を細かく割いて扇状に開き、手すきの和紙を張り、仕上げに柿渋を引く。うちわづくりのすべてを手作業で仕上げることも、栗川商店のこだわりです。
1つ出来上がるまでには骨作り、編み、貼り、形切(なりきり)、縁(へり)取り、渋引きと6つの工程があり、それぞれ専門の職人が仕上げます。昔ながらの道具を使って手作業でつくられるうちわは、同じ形、同じ柄でも、一つひとつ表情にゆらぎがあるのも楽しいところです。
お客様に感動してもらうものを
実は、現社長で4代目・亮一さんの娘婿である5代目の恭平さんは、もともと理学療法士として働いていた人物。ですが、この時代にうちわ屋があること、400年以上にわたり技術が受け継がれていること、そして「お客様に感動してもらうものをつくる」という亮一さんの思いに感動し、自ら志願して栗川商店に入りました。
プラスチック製うちわの普及により仲間が去っていく苦しい時代を耐え抜きながら、「物ではなく、物語を届けたい」との思いで来民の伝統を守り続けてきた栗川商店。そのバトンが、新しい世代にしっかりとつながれています。