植物△線香
新しい日常から得た気づき
2019年の終わりごろから、COVID-19という未知の感染症が出現したことで、世界中が大きな混乱に包まれました。当たり前に思っていたことができなくなって不自由を感じることもあれば、制限があるからこそ気づけたことも。私たちのライフスタイルは、大きく変わりました。
「植物△線香(しょくぶつせんこう)」が誕生したのも、私たちの新たな日常道具となったマスクがきっかけでした。
「外ではマスクをかけていて『鼻が休憩』しているぶん、家ではいろいろな香りを強く感じることに気づきました。嗅覚が敏感になると、人は毎日いい香りに囲まれたくなるんじゃないかなと思ったんです」と、「オントス」代表の藤永晋悟さんは話します。
毎日使える「日用品」であること
新しい習慣から気づきを得て、香りにまつわるプロダクトをつくりたいと考えた藤永さん。数々の香りのアイテムを自分で試すことから始めました。
インドや東南アジアのお香、欧米のアロマオイルやディフューザー、ルームスプレー。日本製も海外製も、あらゆる製品を実際に使ってみながら「非日常的な嗜好品ではなく、暮らしのなかで心地よい香り」を探りました。
「海外のラグジュアリーブランドの華やかな香りも、すごく好きなんです。でも、毎日となると重いかなと感じました。海外と比べて日本人の生活はにおいが少ないですし、住居もコンパクトなので、感じ方がまったく違うんですよね」
そうしてたどり着いたのが、日本人に昔から愛されてきた線香でした。
心地よさを追求してたどり着いた、天然植物100%の香り
一般的な線香の主な原料は、タブノキという植物。樹皮の粉末を水と練りあげて線香の形にしたあと、植物性香料、動物性香料、香水系の合成香料などで香りを加えています。
一方の「植物△線香」は、天然植物のみで香りをつけている点が一番の特徴です。
しかし、もともと自然素材にこだわっていたわけではありません。安価なものから高額なものまで、いろいろな線香を試して心地よさを追求していったなかで導き出した答えが、植物だけでつくった自然な香りだったのです。
「デザインをしないこと」がデザイン
「植物△線香」は楽しむ際、嗅覚に集中できるようにと、デザイン上の視覚情報が極限まで削ぎ落とされています。
たとえば、それぞれの香りに付けられているのは、「BALANCE」「RELAX」といったイメージの言葉。「その日の体調や気分に合わせて、直感で香りを選んでほしい」から、あえて具体的な香りの特徴と結び付かない名前に。
線香のパッケージも、装飾のないガラス瓶に香りを識別するナンバーが印字されたコルク栓というシンプルな組み合わせになっています。
同じように線香自体の視覚情報も最低限に。色はすべて樹皮の自然のままの色が生かされ、煙が少ないつくりになっています。
加賀の温泉街から発信されるプロダクト
「植物△線香」は、藤永さんが運営する「カジュアル工藝とウェルネス」をコンセプトにしたサロン「月月(つきつき)」がプロデュースするブランドのひとつ。暮らす人と旅する人が交じり合う、ゆったりと静かな時間が流れる山代温泉街(石川県加賀市)にあります。
もともとはアパレルショップのバイヤーを経て、デザイナーやプランナーとして東京で活躍していた藤永さん。2017年から、縁あって加賀市との二拠点で活動していました。しかし感染症の流行拡大が転機となり、軸足を加賀市に移すことを決意。2020年6月に「月月」をスタートさせました。
「植物△線香」を通してご近所とのつながりも生まれています。温泉街で200年以上続く老舗羊羹店や旅館など、強い香りが敬遠される空間で選ばれている「植物△線香」は、ハレの装いではなく、自分のための「ケの香り」。北陸の温泉街から私たちに新しい習慣を届けてくれます。